セルフライナーノーツ
マスタリングが終わって、メジャーでのファーストフルアルバムが完成したばかりの今、私は寂しくてしょうがない。メジャーデビュー作のミニアルバム『ビギナーズ・ラック』の制作が始まったのが2年前。そこから全ての楽曲のプロデュース、アレンジを手掛けて下さった松岡モトキさんをはじめ、素敵な方々とのかけがえのない時間、なんていう陳腐な言葉で済ませたくないほど幸せな環境で作品を作らせてもらえた。そんな時間がひとつの区切りを迎えて、嬉しいことも悔しいことも数えきれないほどあったこの2年間をワンワードで表現するならば、『正攻法』。柔軟さは無いし、お洒落で気の利いたこともできない、真面目すぎる私が不器用にもがいてもがいた結果、やっぱり私には『正攻法』だった。『正攻法』こそが一番強いのだと信じたい、という願望もめいっぱい込めて、この作品が日本中の(私みたいな)強がりの弱虫たちに残らず届きますように。
1. はなむけ
“考えるな、感じろ”とはよく耳にするが、何かを捨てて新しいことを始めるときには「怖さ」が邪魔をしてしまう。大人になればなるほど、それは膨らんで踏み出しづらくなる。それなら、恐怖という感情は見ないフリをして、もっと冷静に自分の未来をとことん考えて扉を開けるほうが利口じゃないか。つまり、“感じるな、考えろ”。
今回新録した曲のなかで一番最初にレコーディングしたこの曲。弾き語りで作ったこの曲をバンドアレンジする際に、松岡さんがイントロを5拍子にして、まさに背中を押すにふさわしいスピード感が生まれました。
長期に渡った制作期間、まさにこの曲が私を鼓舞し続けてくれた。踏み出す私とあなたへの、はなむけに。
2. わたくしどもが夢の跡
悲しいけれど、何かに「なりそこない」ながら暮らしている。子どもの頃に描いた夢を叶えられなかった、憧れのあの人みたいに振る舞えなかった、今日も自分に負けてサボってしまった・・・。 そんな駄目な自分にも、見渡してみれば、会いたいと連絡をくれる人、大切だと言ってくれる人がいる。ライブに足を運んでくれる人がいる。そのことに、私は心底救われる。一生懸命生きていくって、何度も何度も「なりそこなう」ことなのかもしれない、と私はこの曲に教えられた。
3. LIFE SONG
大切な人の心が弱っているとき、私にできることは何だろう。どんな言葉も上滑りしそうなとき、誠実に寄り添うことができる言葉は何だろう。その答えになれるような曲を目指して書いた曲。
ほとんどの私の曲がアコースティックギターを前面に出したアレンジのなかで、珍しくピアノがメインに。メジャー以降の多くの曲で鍵盤を弾いて下さって、昨年はワンマンライブでもサポートして下さったSUNNYさんが、アップライトピアノで命を吹き込んでくれた。壮大でゴージャスなアレンジにもなり得るところだけれど、それでは隣でうずくまる大切な人には届かない。あくまでもやさしく寄り添える曲にしたかった。ドラムは宮川剛さん、ベースは千ヶ崎学さんということで、これまたライブでもサポートして頂いているメンバーとのレコーディングはどこまでも安心感でいっぱいだった。
4. 悲しくなることばかりだ[Mix for Seikoho]
私に素敵な出会いをたくさんくれた大切な曲。
オリジナルバーションでは打ち込みだった、イントロ〜サビ前までずっと入っているギターのアルペジオを生音でレコーディングし直したり、ドラムのキックを少し前面に出したりしてライブ感の増したミックスになった。
5. youth
ふとした時によぎる、甘酸っぱい青春時代の思い出。あの人にまだ微かな未練が残っているのか、それとも単に綺麗な記憶への現実逃避なのか。
敬愛する作家、角田光代さんの小説『八日目の蝉』のなかの“一度でも深く愛し愛された記憶があれば、人は生きていける”というメッセージに触発されて書き上げた曲。
まさに私の「青春時代」に恋い焦がれ続けた矢井田瞳さんのサポートメンバーでもある、中畑大樹さん(Dr.)、FIREさん(Ba.)、SUNNYさん(Key.)が参加してくださった、夢のようなレコーディングだった。10年前の自分に教えたら卒倒しちゃうだろうな。
6. バンドマンずるい
小学生の頃にSPEEDに憧れたことから始まる、私の「チーム」への憧れ。なかでもやっぱり、バンドマンはずるい。それだけでモテそうだし、友だちが多そうだし、爆音は気持ち良いし、とにかくずるい。あと、こちら側はいつだって羨望の眼差しで見ているのに、向こうには我々は視界にすら入っていない感じがさらにずるい(←被害妄想)。羨ましいばかり言っているのも癪なので、多少の皮肉は許して下さい。
当初の私のイメージは疾走感のあるかっこ良いバンドアレンジだったのだが、プリプロの段階で大盛り上がりの末、バンドマンに憧れながら家で1人で宅録して作った感じ、なアレンジに。コーラスもギターソロも、遊び心満載な曲。
7. 愛だろうが 恋だろうが
1曲目の『はなむけ』と同じく、今作のなかでは最初にレコーディングした曲。
周りの雑音や適当な意見にもいちいちぐらついてしまう自分に、喝を入れたい。ブレない真面目さを持ちながら、同時に「まぁなんとかなるでしょ」みたいな気持ちの余裕も身に付けたい。
この曲をレコーディングした後もこのアルバムのための曲制作は続き、いつもながら産みの苦しみと闘っている晩秋頃、帰宅途中久しぶりにこの曲をiPodで再生したところ自分でもびっくりするほど泣けてきた。そんな曲が書けて良かった。私の曲では珍しくサビ始まりなのも、小さくて大きな挑戦。
8. もう一度会ってはくれませんか
もうどうしたって会うことも話すこともできない大切な人へのやり場のない気持ち、不条理な現実、そんなものは簡単に消化できるものではないし、大きな喪失感の前では、怒り狂ったり何かを憎んだりするエネルギーも沸き起こらない。
それでも日常は続いて、美しい夕暮れがやってきて、暖かい春が来て、そうして繰り返すうちにきっとぽっかり空いた穴も塞がってくるもので、それで正しいのだけれど、その前の、一瞬の生々しい喪失感を切り取りたいと思った。その上で、曲の冒頭の「もう一度会ってはくれませんか」と、最後の「もう一度会ってはくれませんか」が少し違う色に見えたら、きっと乗り越えられるんだと思う。
打ち込みとピアノのフレーズをループさせ、HIP HOPのような雰囲気も取り入れたこの曲。レコーディングスタジオにたまたまあったアップライトピアノを私が弾き、成り行きながらピアニストデビューも果たすことができた。
9. ガール
『ガール』という正式タイトルになるまでは『アイドル(仮)』だったこの曲。
アイドルに魅せられて早4年。どうして、何がこんなに私の心を捕らえて離さないのか、なかなかうまく言葉にできなくて歯痒い思いを何度もしてきた。自分がなりたくて憧れているわけでも、 自己投影して感情移入しているわけでも、もちろん性の対象として見ているわけでもない。未だにうまく説明はできないのだが、近い言葉を探せば、「綺麗なものを見ていたい」ということなのだ。少女たちの「変化する瞬間」はとても綺麗だ。
我々は高見の見物をしているつもりで、本当は彼女たちの掌の上で踊らされていたい。 それくらい賢くしたたかであって欲しい。
今作で唯一の三拍子曲は、SUNNYさんのアコーディオンと松岡さんの12弦ギターでとても爽やかで瑞々しく、大好きなアレンジ。
10. MUSIC
私にとって音楽って何なんだろう、と考える。幼い頃から息をするようにそこにあって、今は職業でもあって、自分を形作る全てなのは確かだけれど、だからこそ、好きなのかどうかを吟味する隙もなくここまで来た。音楽に関するコンプレックスはいくつもあるし、心が弱っているときなど、「音楽なんか聴きたくはない」と思う。友達のアーティストや尊敬するアーティストのライブを観に行くのに、勇気が要る。こんなふうに思ってしまうんだけどこれって私だけじゃないよね、と投げかけたくて、賛同してもらって安心したくて、この曲をかいたのかもしれない。
最後のサビでは「音楽なんか聴きたくはない」と歌うその後ろで「ラララ・・・」と別のメロディーが繰り返す。もし今後音楽から逃げたくなることがあっても逃げないし、諦めないんだという、今の私からの宣言曲。
村石雅行さんのドラム、千ヶ崎学さんのベースはグルーヴィーで本当にかっこよくて、ずっとこのリズムのなかに浸っていたいと思うレコーディングだった。
11. ラブソング[Mix on Bass]
大学生の頃にかいた、今作のなかで一番昔から歌っている曲であり、2年前に今の制作チームで一番最初にレコーディングした曲。ライブやレコーディングで曲が育っていく、ということを実感として学べていることが嬉しい。2年前はベースレスで収録したのだが、今回そこに千ヶ崎さんにウッドベースを加えて頂き、よりどっしりとした新バージョンになった。
12. 独り
メジャーデビューミニアルバム『ビギナーズ・ラック』からの全作品で、1曲ずつ完全な弾き語り曲が入っている。この曲はもともとバンドアレンジする予定だったけれど、弾き語りの方が際立つのでは?ということで弾き語りに。買っただけでずっと引き出しの奥で眠っていた、ブルースハープにも初挑戦した。
私の歌詞にはよく“想像力”“イメージ”という言葉が出てくる。この世で最も大切なものだと思っている。独りぼっちのときも、何にも持っていなくても、想像を巡らせればきっと新しい道が見えてくる。自らをどこまでも研ぎ澄ますことも、無限に開くこともできる。
曲順はレコーディングした後に決めたのだが、『正攻法』のエンドロールにふさわしい、潔くて温かくてちょっと寂しい曲。